文殊菩薩像 -鎌倉時代(国指定重要文化財)】

創建当時から西金堂内に安置されており、細部は天平時代のかなり早い時期の手法を用いて造られていることから、天平時代の建築技法を現在に伝え、塔の建築様式の発展をたどる上にも重要であることと、建造物としての五重塔はこれ一基しか存在していないので、これらの点からこの小塔の価値が高く国宝に指定を受けています。小塔は屋内で安置することを目的とした為、近くから見たり拝んだりするであろうことから近くから見た時の工芸的な性格を非常に重視しており、小塔の外部は組物などの細部にいたるまで忠実に作られています。またこのことは寸法取りにも表れており、上層部にいくにしたがって塔身が細く作られていることから上層部と下層部の均整を重視した寸法取りを行っていることがうかがい知れます。 − 小塔を造立した理由 通常、寺院には高さが数十メートルの大きな五重塔があるのが一般的ですが、海龍王寺は飛鳥時代から建っていた寺院をもとに創建されたことに加え、光明皇后の住居(光明皇后宮)内という限られた敷地の中に大寺院の伽藍の形式を持ち込まなければならないという困難な状況にありました。この事情の中で「東西両塔」を備えた伽藍の形式を持ち込むべく五重小塔を造立し、東金堂(明治初年に喪失)と西金堂の両金堂の中にそれぞれ納めたのではないかと考えられています。 − 小塔が存在する意味 海龍王寺は皇后宮の内廷寺院として、聖武天皇・光明皇后を支えましたが、五重小塔および西金堂は、光明皇后宮内に残る唯一の天平時代建造物であるとともに、内廷仏教と内廷寺院の中心伽藍を現在に伝える仏教建造物として重要な役割を果たしています。